板金+平板瓦
鬼師の鬼瓦
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菊間瓦「菊銀製瓦」の歴史
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湿度が高く、雨が多い日本。そこで家を雨風や日光から守り、住む人にとって快適な空間をつくりだすために先人が生み出したのが、高級瓦として知られる「いぶし瓦」です。愛媛県今治市菊間地方では、今から750年以上も前に「いぶし瓦」の製造が始まりました。瀬戸内式の小雨温暖な気候は瓦の乾燥を早め、目の前の瀬戸内海から各地への海運が容易にできること、窯を炊くための薪が近隣の山で調達できることも、瓦産業発展の追い風となりました。今では「菊間瓦」として、愛媛を代表する伝統工芸品となっています。
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この菊間で、明治12年に初代・菊池銀太郎が創業したのが、「株式会社菊銀製瓦」です。それを二代目・益太郎が受け継ぎ、一般家屋から社寺まで、様々ないぶし瓦製造を生業としてきました。益太郎の三男である壮三郎は、若い頃より鬼師(鬼瓦制作者、鬼板師とも呼ぶ)として各地で修業を重ねた後に、菊銀製瓦の三代目となりました。以来、菊銀製瓦は、いぶし瓦だけではなく飾り瓦(鬼瓦や鯱)の製造でも実績を重ねています。現在は壮三郎と四代目・陽一郎を中心に、伝統の菊間瓦や洋風住宅にマッチする平板瓦、いぶし銀を活かした工芸品や日用品なども手がけ、多様なニーズに応えています。